2022年4月30日16:40, ボードゲーム
ボードゲームのルールは、プレイヤーに対して合理的な選択を強いている気がします。 ゲームに勝つためには「こういうことをするよね」という「こういうこと」が前提条件としてルールに組み込まれている気がしてなりません。
これが息苦しいです。
暗黙に、私達は勝つための戦略を強制されているということです。 勝つためにボードゲームをしている、すべての行動は勝つというただ一点に集約されていると。
私が感じていることとの違いはこれです。 私がボードゲームで遊ぶただ一つの目的は楽しむこと。 勝つことはあくまで手段の一つでしかなく、楽しくないボードゲームで勝ったとしても、嬉しくありません。
楽しむことが目的となっているプレイヤーにとって、勝つために合理的な選択を行うことは、必須ではなく任意となります。 他のプレイヤーから見ると不可解な選択は、楽しむための選択なのです。
問題は勝利を目的に据えなければ、ボードゲームプレイヤーの目的が一致しない点にあります。ボードゲームはチームで遊ぶものです。お互いがバラバラな目的を持っていたら、ゲームになりません。
勝つことは目的を一致させる上で一番簡単でわかりやすいものです。
楽しむことを目的としてしまうと、上述したようにお互いがバラバラな行動をします。 楽しみ方は人それぞれですから。
そうなると、ゲームが成り立たなくなります。 楽しむことという目的も達成されません。
例えば、勝つことを放棄するプレイヤーが出てしまうと、ゲームが成立しません。 全員が最後まで勝利のために合理的な選択をし続けるという前提が、ゲームを存続させます。
ルールに則ってボードゲームをすると、勝つためにする合理的な選択は限定されます。 Aという行動のあとはBをする、Cの後はAをしない、など。
これは勝利という具体的で明確な目標があるためです。勝利は何らかの数値で表されます。 その数値を上げる行動が合理的な選択と言えます。
限定的であるがゆえに、そこから外れた選択は目立ちます。 他のプレイヤーから見るとおかしな選択です。 指摘したくなる、批判したくなる、意見したくなる気持ちはわかります。
ゲームを続けるためにプレイヤー間で共通する勝利という目標を掲げることは、良いことです。 勝利に向けて合理的な選択を続けなければ、ゲームは単調でつまらないものになります。 合理的な選択をするから生まれる楽しさもあります。
一方で、勝利と楽しさは別物です。
勝つと楽しい。 勝っても楽しくない。 負けると楽しくない。 負けても楽しい。
色々あります。
だから、合理的ではない選択も受け入れてほしいです。 「それは合理的な選択ではないよ、この場合、BよりもCのほうが、Xという点数が多くなるよ」という助言はありがたいものですが、あるプレイヤーにとってはそれが最も楽しい選択かもしれません。
合理的ではない選択をするプレイヤーは、ゲームを放棄したわけでも、勝負を辞めたわけでも、勝ちを譲っているわけでもありません
精一杯、みんなで遊んでいる時間を楽しもうとしているだけです。